東急東横線「学芸大学」駅。改札を抜け、活気ある商店街を歩いても、目当ての大学キャンパスにたどり着くことは永遠にない。 なぜなら、この街に東京学芸大学は存在しないからだ。 街のアイデンティティとも言える巨大な教育機関は、1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催と時を同じくして、はるか西の小金井市へと移転していった。それから半世紀以上の途方もない時間が流れたにもかかわらず、駅の看板は頑なに「学芸大学」の四文字を掲げ続けている。 かつては、地方から上京してきた受験生が、本来の試験会場である小金井市ではなく ...